ひとり

カラオケひとりなんですけど広すぎるやろ!
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好きすぎると辞めなければならないという、矛盾。
年と自分の才能と限界を知ってしまって、
もう、何もできなくなる。
好きじゃなければ続けられる。
そういうこと。
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いつの時代に生きるのが幸せか考えることがある。
今があまりにも、酷い世の中に感じるから。
それが、平和というものか。
世の中はフリーターからニートへ。
自由で便利な世の中はうらやましいけど、
やはり、中途半端に不便な世の中はよかったと思う。
タモリもタケシもさんまも、
キョンキョンも聖子ちゃんもCCB
漫才ブームも、ピンクレディーも、ジュリーも、
デジカメでなく写るんですも。
どの時代にも変えがたいものだと思うのだ。
いくら、今お金がなくても、
上の世代が裕福でも、
下の世代が自由でも、
80年代は何物にも変えがたい財産なのだ。
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時間師の仲間入りをした。
一人の時間師の老人と、その弟子、と私。
時間師は時間を操ることができる。時間師は矛盾を作り出してはならない。
私たちはある家に泥棒に入る。
仮に見つかってもいいのだ。もし、失敗したら失敗する前に戻ればいいのだ。
私も、新米の時間師として、時間を操れるようになって来た。
あまり大きな時間の改変は矛盾を生む。だから、時間師は最小限の時間を操るのだ。
その家には実は、私たちは何度も泥棒に入っていた。
その度に私たちは失敗していたのだ。
その家の人が酷い目にあったり、私たちの仲間が数日後に警察に捕まってしまったり。
私たち時間師はその度にその家に泥棒に入る前に戻っていた。
何日も同じ日を過ごす。
愉快で楽しい同じ時を過ごす。
そして、不幸と矛盾は次第に大きくなり、車のカギをなくし、私たちは泥棒に入った家からは戻れなくなり、時間師のおじいちゃんは警察に捕まってしまった。
その警察は、社会の秩序を守る警察ではなく、
モノの道理を守る警察。
絶体絶命。私には仲間がいなくなり、独りになってしまった。
時間を操れる私は、問題の起こる前に戻ることにした。
それも、私たちが出会う大昔。
おじいちゃんもまだ若い頃。
時間師になりたてのおじいちゃんと私。
若い私たちは何度も同じ日を過ごす。
それは同じ一晩のこと。
毎日同じ日に毎日同じ家に泥棒に入る。
そんな毎日を過ごしながら、私たちは年をとっていってしまった。
世の中の人からするとそれはたった一晩のことでしかないのだ。
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昨日はめまいで、ぐらぐら。
病院にいったら一過性のものだろうと。
思えば子供の頃はめまいと偏頭痛の毎日だった。
そう思えば、今はいい。
医者の言うとおり今日の昼にはスッキリ。
めまいが起きてから、何故だか、そでまで、あった耳鳴りがなくなる。
いいのか悪いのか・・・
いいがあるから悪いのか。
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DVDで映画「笑の大学」を観た。
もともとは、三谷幸喜氏の二人芝居だったように思う。
無理やり映画にした感は否めない。
しかしまあ、芝居好きなら楽しめる。
テレビのなかった戦前、芝居は庶民の娯楽であったのだろう。
今はいい時代だというが、誰にとっていい時代なのだろう。
役者や舞台関係者にとって、いい時代とはテレビのなかったときに決まってる。
そのテレビも、なんかもう腐れてきてるし。
時代は変わっていくのだなあ。
テレビが最大の娯楽であった・・・ていつの時代か言われるんだろうな。
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永久なものはないとは言うものの、変わらない毎日を暮らしている。
人々が自然と闘った日々は、150年に一度の大津波が町を飲み込み終わってしまった。
そして、きっとまた150年後津波がやってきたら人間の知恵は負けるのだろう。
150年。自然からすると人間はちっとも、成長していない。
不穏な世の中はある一部の人間にとっては絶好の機会である。
そして情報に踊らされ、情報は淘汰される。
自由に情報が手に入る世の中なのに、
この不自由さはなんだ。
洗脳されたものと、物も言えない時代が来たのだ。
歴史からしても、人間は成長していない。
それほど、小さな存在なのだ。
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